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日本・NZ・中国のCollectivism(集団主義)とIndividualism(個人主義)

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CollectivismとIndividualism

こんにちは、アレコレ発信局のぜんちゃんです。

みなさんCollectivismとIndividualismって聞いたことありますか?

Collectivismは集団主義とIndividualismは個人主義という日本語になります。

最近、日本と異なるCollectivismとIndividualismを知ることになりました。

特に日本とNZ、日本と中国の違いです。

親の干渉

まず、日本と大きく異なるなと思ったのは、親が子供の人生に対してどれほど干渉するかです。

もちろん実際は「国問わず各家庭による」のは承知です。

日本

僕の経験が仮に一般的だとするならば、

日本では「学校を卒業した=社会人」という認識で、一人ひとりが相当に自立する社会だと思います。

(核家族化の一要因かもしれません。)

就職に伴って実家から出て一人暮らしする人が多いし、金銭的にも自分の稼ぎだけでその後の人生を作っていきます。

仮に金銭的支援をもらっても親からの借金として返していくのが一般的ではないでしょうか。

つまり、自立した大人として歩むのですね。

つまり、個人主義です。

しかし、一方で、一人の自立した大人として転職をしたり、結婚したり、海外に出るなどの決断を親に伝えると「大丈夫なの?」という言葉が最初に出てくるように思います。

大きな決断をするときに、日本では家族という集団的な合意を多少なりとも気にする傾向にあるように思います。

親は、子供が一般的とされる選択から逸れる決断をするなら、親として心配するのが普通と言えばそれまでなのですが、NZ(ニュージーランド人)はどうやら違うようです。

NZ

僕のクラスを担当している英語の教員は、CollectivismとIndividualismを説明するのに、こんなエピソードを話してくれました。

「僕は高校を卒業してすぐ、オーストラリアでネットカフェのマネージャーをしていたんだ。

その後、言語学を学びたいと思って23歳の時に大学に入った。

大学を出た後、英語教師として中国で仕事をするために渡って、結局8年くらいいたわけなんだけど、それぞれの決断で親に相談したことはなかったよ。笑

小さいときからよっぽどの悪さをしない限り何かを強制されることはなかったし、親から言われても嫌なことは嫌だと言って、親はそれをいつまでも強要してこなかった。

僕が決断したあとに親に念のため電話で報告すると『Good Luck! Bye!』と言ってすぐに切られたよ。GAHAHA!

ニュージーランド人(特に白人系)は家族同士の関係においても、個人の主張や決断を尊重するし、介入してこないようです。

もちろん、親子の間で「愛してる」を言葉で伝えるし、感情をたくさん表現するという意味では親子の愛情は国問わずで不変ですが、子供が大人になったら親子間でも個人主義

ちなみに、社会に出たら子供は実家を出て一人暮らしをするという習慣は日本と同じらしいです。

一方、公共の場における人々の振る舞いなどの暗黙のルールは集団的で、これも日本に似ているように思います。

やはり、イギリス的なのでしょう。

中国

中国についても比較対象に加えておきます。

一言でいうと、中国は家族と言うグループの意思を尊重する集団主義である一方で、友人や他人の状況をそこまで気にしない個人主義だと感じています。

まず、僕の周りにいる留学生の多くは、4年生大学を卒業してこちらに来ている留学生達ですが、留学にかかるお金はほぼ親の支援を受けているようです。

もし僕が親に「海外の大学院に行くから金銭的支援をお願いしたい」と言ったら、それはすなわち親からの借金を意味することになるでしょう。

しかし、彼らは親が望んで全ての費用を負担してきています。

留学費用っていつか親に返すの?」と聞いたところ、「返さないよ!」と僕の発言に疑問そうな顔をして返事をくれました。

中国の親は子供が中国の激しい競争に勝ち残るためには、他人と違う決断・経験をさせる必要があると思っているようです。

そのため、自分の意思に関わらず、親から「海外留学に行きなさい」と親から言われることも少なくないそうで、子供が4年生大学を出た後も自分達が親であり、年齢問わず子供が豊かな生活ができるまで支援する傾向にあるらしい。

一人っ子政策によって一人しか子供がいないというのもその支援が可能な理由かもしれません。

親を母体とする集団主義です。

一方で、自分と周囲の友達を比較をしてどうこう考えることはないようです。

そもそも中国も非常に多様な国であり、世界各国に華人と呼ばれる中国系移民が世界中にいます。

国が急速に裕福になり、社会が急速に変化してきた中で、そもそも「安定的で一般的な選択」というのが無いのでしょう。

日本は昭和の終わりから平成の終わりまで経済規模は変わっていないし、ほとんどの大企業が大企業として現在でも存在しており「大企業or公務員=安定」との認識が多いかもしれませんが、中国では「常に何かの変化があって、その変化の最先端に行く」のが安定のようです。

その意味で、他人との差をつけることが大切であり、周囲と歩調を合わせている場合ではないという個人主義が透けて見えてきます。

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